2004.10〜2005.3  
3月25日 小林
『万博を機に』
 21世紀最初の万博「愛・地球博」が、本日開幕した。長久手・瀬戸の2会場を舞台に、9月25日までの185日間、多彩な展示・イベント等が繰り広げられることになる。
 1988年の誘致表明以降、97年の博覧会国際事務局総会での開催決定を経て、この開幕に至るまでには、会場予定地でのオオタカの営巣の確認、会場の一部変更・縮小、会場跡地の宅地開発案の撤回などの、紆余曲折も見られた。会場の縮小は、多様な利害を持つ人々を一堂に集めて会議を行うというステークホルダー会議の手法を取り入れ、自然保護団体も交えて設けられた「愛知万博検討会議」で、合意されたものである。
 この万博のテーマは「自然の叡知」。サブテーマには「人生の"わざ”と知恵」、「循環型社会」などの言葉が並ぶ。如何にして環境との共生を図れるような合意を形成し、その政策を推進していけるか。万博を機に、「愛知万博検討会議」の経験も参考にして、そうした政策過程のあり方についても、検討されて良いのではないか。
3月18日 小谷
『地震対策』
 オリコン・モニターリサーチが男女各250人ずつ、計500人に行ったインターネット調査で、1月スタートの連続テレビドラマの中で視聴者の満足度が最も高いのは『救命病棟24時』という結果が出た。この番組は、東京周辺で地震が発生し、医師とボランティアが一体となり、病院での救命救助を取り上げた番組である。私は初回からかかさず番組を見ているがとても面白く、放送が終わると同時に次の週が待ち遠しいほどである。この番組は、我々に何かを訴えているような気がする。
 昨年は新潟中越地震、10年前には阪神淡路大震災があった。身近な場所で、地震が発生したらどうしますか?皆さんの防災体制はどうですか?火事が発生したらどうしますか?避難場所の確認はしていますか?避難所での生活はどうしますか?などなど考えられることは多々あると思う。
 殆どの方は、何も準備や訓練をしていないと思うのだが。そういう私自身も、何も行っていないで、今後、防災グッズを揃えながら地区の防災訓練にぜひ参加したいと思う。
3月11日 土屋
『造語』
 先日オープンした名古屋三越新館「LACHIC(らしっく)」に足を運んでみた。「個性の時代」を象徴し、単なるブランド指名買いやトレンドに振り回されることなく自分「らしく」ライフスタイルを楽しめる人たちの場所、という意味をこめたネーミングだとのこと。
 施設オープンのラッシュとともに造語をよく耳にするようになった。セントレアも「セントラル」(中部地方)と「エア」の造語であり、明日、四日市にオープンするアピタもイタリア語のアピス(apice:先端の)とタスカ(tasca:ポケット)で、時代の先端の情報がぎっしりつまったポケットのような店という意味を持つ造語だ。
 たくさんの期待をこめてつけるので造語になるというのもうなずける。ただ、つけた瞬間から、その言葉を口にする人が愛着を持つことができるか、さらには語感の良さやセンスが問われるむずかしさもある。
 南セントレア市のように市町村合併において新市の名前で調整に難航したり、合意が得られないこともある。造語を市名にしていいかどうかの論議もあるだろうが、名前というものの持つ意味の大きさや面白さをあらためて感じた。
3月4日 大久保
『地図を見ながら』
 記憶のメカニズムを考えると不思議に思うことが多い。個人差はもちろんあるし、一人の人間でも覚えやすい分野とまったく頭に残らない分野がある。
 覚えておきたいことをすぐ忘れてしまったり、また忘れてしまってもよいような古い記憶がいつまでも頭の隅にこびりつき、新しい記憶を取り入れる邪魔をしたりしてなかなかやっかいである。
 視覚を取り入れて記憶する方法が効果的だと言われている。地理が得意な人は世界地図がすぐ頭に浮かぶのだそうだ。
 市町村合併で自治体ごとの形も名称も変わっている。時々は新しい地図を見ながら自分の住む地域の近隣をはじめ、全国の市町村の位置と名前を覚えていきたいと思っている。
2月25日 神保
『Win-Winの関係へ…』
   昨年末から休館していた湯の山温泉のホテルが3月から営業再開することに決まった。 そのホテルは1969年開業の老舗で湯の山温泉街の中心部にあり、昭和天皇が宿泊したこともある一流旅館である。それ故に休館したまま老朽化していくことは、町全体に及ぼす影響もすくなくはないと感じていたので、営業再開は温泉街にとっても、大変よろこばしいことであると思う。
   新経営者は、すでに愛知県南知多町などで4軒の旅館を展開している。他地域で培ったノウハウを活かし、新しい風を吹き込み、御在所・湯の山地域に刺激を与えてほしい。
   既存の旅館と競合することはしかたがないことであるが、お互いが共存共栄をはかり、地域全体の活力が底上げされる原動力となることを期待している。
   そう、最近よく耳にする「Win-Winの関係」を築き上げていって欲しい。
2月18日 東川
『これはただの「少子化歓迎本」じゃない!』
 赤川学『子どもが減って何が悪いか!』(ちくま新書)が出されて、評判になりつつある。しかし、本書が評価されつつある点は、単にタイトルから受ける印象のように、時折出される浅薄な「少子化歓迎」本的な視点からではない。むしろ本書のタイトルはその内容を充分表現していない。
 本書の論点は、「男女共同参画」と「少子化(対策)」とは本来関係がないということだ。この点に関して私も同意する。
 私が思うに、例えば保育施設の充実は、少子化対策ともなり、男女共同参画施策ともなるため、あたかも両者が関係があるかのように主張されるわけである。本来、少子化は経済面や民族観・国家観の問題だが、男女共同参画は普遍的な人権の問題だろうと考える。
 本書の評価の広がりを興味深く見守りたい。
2月10日 小谷
『中部国際空港開港』
 海上空港構想から約10年、2月17日に那覇・新千歳・関西・羽田に次ぐ5番目の24時間空港として常滑沖に開港する。今までの空港は、ただ飛行機に搭乗するだけのものであったが、セントレアの機能は、商業スペースの中に空港があるような気がする。空港の面積は470haで施設内には、「ちょうちん横丁」と「レンガ通り」に広がる一大ショッピング&グルメゾーン、インドアガーデン、ウェディング会場、展望風呂、エステ、ヘアサロン等を完備しているので丸一日楽しめるスペースと思える。
 セントレアは、離発着も名古屋空港より新規路線が大幅に増し、3月に開幕する「愛・地球博」のアクセス玄関として、また中部圏の経済、地域の発展に大きく寄与する空港であると思える。開港まで後1週間にせまり、最後の仕上げをしていると思うが、使いやすい空港であってほしい。
 アクセスも四日市からは直通バスや伊勢湾岸道路を使えば約1時間で着く距離であり、是非とも2月中に見学に行きたいと思っている。
2月4日 小林
『立春・・・未来への出発』
 今日、2月4日は立春。木々の芽はまだ堅く、つい先日は雪も舞っていたが、暦の上では、もう春である。
さて春といえば、新たな出発の季節。本学が在る四日市市も、週明けの2月7日、楠町と合併し、人口30万人を超す市として、新たな歩みを始める。
振り返れば、四日市市における合併の検討は、2001年11月に、鈴鹿市との間で設置された四日市市・鈴鹿市合併研究会に始まっている。以降、両市長の呼びかけに応じた2町を加えた四日市・鈴鹿地区広域合併研究会など、紆余曲折を経て、2003年10月からは、四日市市・楠町合併協議会で、検討を重ねてきた。
 当研究所は、この間、丸山副所長が四日市市・鈴鹿市合併研究会の座長や四日市市・楠町合併協議会の議長を務めてきたのを始めとして、四日市市・楠町など2市2町を対象地域とした市町村合併による広域的なまちづくり推進調査(国土交通省からの受託)、楠町からの市町村合併コンサルティング業務の受託など、地域のシンクタンクとして、一貫して、この地域の合併の検討に関わってきた。それだけに、2月7日の合併には、感慨深いものがある。
 だが、合併はゴールではなく、新たなスタートに過ぎない。この間、四日市市でも楠町でも、中核市の要件を満たすことになる今回の合併は、三重県をリードし中部圏の一翼を担う都市をつくり、ゆくゆくはより自立した都市である政令指定都市を目指すための、一つのステップなのだということが繰り返し唱えられてきた。
 今後、市内の様々な地域の個性を活かしていけるような都市内分権の推進、広域的な連帯感が高まるようなネットワークの拡充、低コストで質の高い行政サービスが受けられるような行財政改革の推進など、さらなるステップアップのためにこなすべき課題は多い。
新たな出発に当たり、市内唯一の大学である本学にも、当然、こうした課題に関して貢献していくことが、求められるものと考えている。
1月28日 土屋
『あなたの街の格付けは?』
 低俗な話で申し訳ないが、最近TV番組の「格付けしあう女たち」にはまっている。内容は10人の女性芸能人が「○○な人」という項目(必ず悪いイメージなのだが)に対して自分も含めて1位から10位までの順位をつけ、さらには一般の人のアンケートによって決められた1位から10位を発表するというもの。自分が思っているイメージと視聴者に持たれるイメージのあまりの違いに驚いたり、仲間内でどうみられているかということに憤る場面では、思わず笑ってしまう。自分の持つイメージと人から持たれるイメージにギャップがあるというのはままある。
  都市の格付けという話になると、東洋経済が発行している都市データパックというもので「都市の住みよさランキング」というものをみることができる。手元にある2002年度版では全695市の中で四日市市は92位。住みよさの指標は安心度・利便度・快適度・富裕度・住環境充実度ではかられる。これをイメージどおりとみるか、そうじゃないのか。市民以外に納得できるランクなのかそうでないのか、県内の他の市と見比べて考えてみると興味深い。
1月21日 大久保
『日本人から見たイギリス文化(終)−のんびり行こう−』
 再びバスの話です。語学学校から朝と夕方にスクールバスが出ており、生徒たちはステイ先の家から一番近いバス停で乗降します。ある日の夕方、4:30に学校を出ていつものように15分ほどバスに乗り5:00前には家に帰るつもりでした。その日は一旦家に帰ってから友人と夕食を取るため6:00頃再び出かける予定でいたのです。ところが走り始めてまもなく見慣れない風景ばかりが目に映ります。バスは時々ルートを変えて走るのでしばらく様子を見ていたのですが、だんだん街中から郊外に向かっているらしく道が細くなり草木が生い茂ってきました。とても不安になり運転手に言うと慌ててルート表を見直しています。やはり運転手が道を間違えたのです。しかし運転手は動揺した様子もなく「Don't worry」「Relax」を連発した後、鼻歌を歌い始めました。その頃バスはとうとう動物園まで行ってしまい、運転手は「誰か降りる人はいませんかぁ」などど言って笑っています。
 結局いつものバス停に到着したのは午後6:00過ぎ。私が最後の乗客でした。普段15分で着くところをなんと1時間30分以上かかったのです。これでは待ち合わせの時間に間に合いません。そして運転手は最後まで謝罪の言葉を発しませんでした。私はその態度を見て頭に血が上りつめ、「なぜ謝らないのだ」などとさんざん文句を言って降りたのでした。が、後で振り返ってみると腹を立てていたのはアジア人のおばさんただ一人。ドイツ人の若い女の子は運転手のジョークに笑うほどの余裕ぶりでした。
5分遅れても「大変遅れまして申し訳ございません」と神妙に謝る日本の運転手と1時間以上遅れてもジョークで笑い飛ばしてうやむやにしてしまうこの国の運転手。時間に関する価値観の国民的な違いなのか単に客側の心が寛容か否かという問題なのか。そしてなぜこのような感じ方の相違が出てくるのか突き詰めていくと大変面白いと感じたのでした。
1月21日 大久保
日本人から見たイギリス文化−責任の所在−
 英語圏にある短期語学学校の多くはスポーツや地域観光のコースを併せて設けており、その費用は学費の中に含まれていることがよくあります。
ある日の放課後、学校から10キロほど離れた観光施設に行こうと校内にある送迎バス乗り場で最後尾に並んでいたところ、ちょうど私の前でバスの座席が全部埋まってしまいました。バスの運転手はその学校の職員です。私が「立ったままでいいから乗る」と言うと、彼は「自分の責任で負えないことだからだめだ」と言います。そして代わりのバスを手配してくれるどころか「事務所に行って自分で送ってくれる人を探しなさい」と言うなり私一人を残してさっさと発車してしまったのです。私は仕方なく学校に戻り、手の空いている教員に個人的に頼んで現地まで送り届けてもらいました。
 現地に一人遅れて着くと他の生徒は団体扱いで既に入館しています。そこにあの運転手が来て「あなたは遅れて来たから自分の入館料を払って入りなさい。そして学校に帰ってから払い戻しを受けなさい」というのには呆れ返ってしまいました。日本なら人数分の交通手段を用意しなかった非を詫び、代わりのタクシーなどを手配し、間違ってもその結果生じた費用を客に立て替えさせる、などということは決してないはずです。しかし結局、相手を打ち負かすほどの語学力もなく言われた通りに自分で支払い、煮えくり返るはらわたを押さえながら観光を終え、学校に戻り事務所で事情を話して払い戻しの手続きをしました。
 お金さえ払えば大いばりで客に甘んじられるもの、と思ってこれまで日本で生きてきた私には手痛い出来事でした。しかし後日さらなる痛手が待っていたのでした。
1月14日 神保
『ご当地ナンバー』
 『鈴鹿ナンバー』創設・・・鈴鹿市長がご当地ナンバー導入に取り組む意向を新年早々表明した。
 鈴鹿市に住んでいる私としては、鈴鹿ナンバーが導入されることは個人的には歓迎したい。なぜなら学生時代の一時期、鈴鹿市から離れて暮らしていたころ、『どこの出身ですか?』と質問されたとき、「鈴鹿市です」と答えると、それだけで大抵の人は頷いてくれた。『鈴鹿は有名な市なんだ』となんとなく誇らしく感じた思い出があるからである。それは地理的なことを理解されていたかは別にして、鈴鹿市が『F1や8耐が開催される鈴鹿サーキット』のある『鈴鹿』として認知されていたからであろう。
 『ご当地ナンバー』導入の目的は、地域のPRをし、観光の活性化や地域振興に役立てるためとあったが、理由はなんであれ、その地に住む人達に少しでも愛着をもって暮らすことが出来る地域になってくれれば、それだけでもいいことだと感じた。
1月7日 東川
「今年は1973年の再来か?」
 2005年、今年は人口増加が止まる年になる可能性が高い。その意味で歴史的な1年であるだろう。と同時にいわゆる「団塊の世代」が大量に定年を迎え始める年でもある。人口減少と本格的高齢化が同時に到来するわけである。介護保険制度は大きく見直され、また、経済的には偶然にも石油の価格の高さが不安材料となっている。
 過去にも、様々な社会的転換が同時に訪れる象徴的な年があった。それは1973年である。この年、石油ショックが起こり、先進諸国の高度経済成長は終焉した。以後、基本的に低成長の時代となる。わが国ではこの年、ようやく先進諸国並の福祉水準が実現し、「福祉元年」と呼ばれた矢先の出来事であった。また、この年はわが国では第2次ベビーブームのピークの年にあたり、「団塊ジュニア」世代が最も多く生まれた年であった。そして生まれた数に目を奪われたが、実は、この年を境として合計特殊出生率は2.0を割り込み、今日に至る少子化の状態が始まったことには誰も気を留めなかった。
 このように、種々の問題が同時に起こる歴史的な転換点となる年というものがある。ただ経済問題と人口問題とには大きな差がある。それは、経済問題はただちに広く認識されるが、人口問題はそれが約20年後に労働力の変化となって初めて認識されるということである。ちなみに1973年に始まった少子化が初めて広く認識されたのは1990年のいわゆる「1.57ショック」である。今年が1973年の再来だとすれば、今年からの人口減少が実感として認識されるのもまた、今から20年後からなのだろうか。
12月24日 小林
『2005年度予算案』
 国の来年度予算の政府案が、今日午前の閣議で決定された。財務省の説明によれば、この予算案は、一般歳出の3年ぶりの対前年度比マイナスや、国債発行額の4年ぶりの縮減など、歳出改革路線を堅持・強化したものだそうである。
 少子高齢化の進展を反映した社会保障関係費の増加以外は、ほとんどの分野で歳出総額が抑制されており、そのなかで、重点課題に予算を集中配分したり、政策評価の活用などによる予算の質の向上が目指されたりと、より効率的な歳出の使い方への努力が、模索され始めている点は、評価できる。
 だが、一般会計歳出の総額は82.2兆円と、ほぼ今年度当初予算なみの額が計上されており、そのうちの41.8%、実に34.4兆円が国債の発行によって賄われるとされている。この案通り予算が執行されれば、来年度末には国債発行残高は、史上最悪の538.4兆円と、ついに国内総生産額(GDP)を超えることが見込まれる。
 国債発行額を、いきなりゼロにとは言わないまでも、少なくとも元利償還に充てられる国債費(来年度予算では18.4兆円)より下回らせなければ、単純に考えて、国債発行残高が減ることはありえない。そう考えるならば、国債発行額を前年度より縮減できるとしても、この予算案における歳出削減額では、焼け石に水とさえ言えまい。
 この予算案には、需要見通しが甘いとされる関西空港2期工事や整備新幹線関連などの新規事業費も計上されている。だが「聖域なき歳出改革」などと謳うのであれば、新規事業は言うに及ばず、既存の事業であっても、全ていったんストップさせ、不要不急の事業は継続を放棄するぐらいの構えで予算を編成していかなければ、財政は早晩、破綻してしまうのではなかろうか。政府・与党の、歳出削減や財政再建に対する誠意が疑われる。
 確固たる見通しもないままに、来年度もまた、ずるずると後々の世代の負担を拡大していくような予算が罷り通っていくのかと、年の瀬を、暗澹たる思いに駆られながら迎えている。せめて来年は、明るい話題の多い1年であって欲しいと、願わずにはいられない。
<参照>財務省平成17年度予算URL http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/h17/h17top.htm
12月17日 小谷
『学生引率の地で』
  11月8日から本学学生が東海地区代表として出場する中国四国学生室内テニス選手権大会の引率で、初めて広島に行って来た。試合会場が原爆ドームを挟んでの場所にあったため、試合開始前に原爆ドームや平和公園を散策した。場所は、市内の中心地にあり被爆から数十年の年月が経っており、最新型の路面電車が通り近代的なビルが建ち並び、市内の都市整備が整っているのに感心した。特に平和公園の景観が美しく、ごみ等が殆んど落ちていない事に驚きを感じた。
 試合の結果は、シングルスは準々決勝で、夏季中国四国選手権で優勝した山口大学の選手に最終セットまで縺れこみ、5-2とリードしながらも惜しくも敗れ、BEST8入賞。ダブルスは、他大学の選手と出場し、準決勝シングルで敗れた山口大学のペアーと対戦し3位入賞の結果でした。本学の選手は1年生で、今後、全国での活躍が期待できる選手である。
12月10日 土屋
『夢を買ってまちをつくる』
 年末を感じさせるもののひとつにジャンボ宝くじのCMがある。今はグリーン、ドリーム、サマー、オータムとやたら発売されているので特別感はないのかもしれない。しかし、元旦早々、1等にあたり(まず、ないが)お金の使い道をあれこれ考える自分を想像して買うそれというのは、やはり年末ならではである。
 ただ、「あたる」「あたらない」には関心を示すが、財源となったあとの使われ方には知らない部分が多い。調べてみると、発売総額のうち賞金と経費などを除いた約40%が収益金として公共事業等のために使われているそうだ。
 現在、宝くじを販売できるのは全国の都道府県と政令指定都市だけである。しかし、広域都市圏の拠点として、高次の都市機能の整備充実のため、また地域文化・芸術の振興を図るため、政令指定都市と同様に中核市においても宝くじの発行を可能とするなど、新たな財源付与について検討されれば面白い。あらかじめ使途を明らかにして発売すれば、はずれても直接成果に投資した満足感も得られるし、ユニークな賞金体系にしたり、地域性や独自性を発揮するなど工夫できる面も多い。
12月3日 大久保
『日本人から見たイギリス文化−食事編−』
 イギリスで標準的な暮らしをしている家庭に一週間滞在しました。朝食は毎朝決まってシリアルとトーストとコーヒーか紅茶。それに自家製ジャムやピーナツバターがつきます。
 昼食はランチボックスを作ってもらいました。メニューはサンドイッチ、りんごやオレンジなどの果物、ミネラルウォーター、チョコレートやナッツのヌガー。
 夕食のメインは魚か肉料理。付け合せはインゲン豆やニンジンなどの緑黄色野菜と茹でたジャガイモかマッシュポテト。その三種類が一つのお皿に盛られます。夕食後はデザートにチョコレートムース、アイスクリーム、果物のいずれか好きなものを選びます。また昼に外食したり家で豪華なランチを取った場合は、夕食はパンにハムかチーズをはさんだものだけで簡単に済ませているようでした。
 栄養のバランスを考え毎日手の込んだ料理を何皿も作る日本の家庭とは随分違いました。メニューの単調さはチョコレートなどの甘い菓子で補っているのでしょうか。ロンドンの地下鉄にはチョコレートバーの自動販売機があり、老若男女問わず地下鉄の中で甘いスナックを食べている姿をよく見かけました。個人差はありますが、改めて日本人の食にかけるエネルギーやこだわりは多大なものがあると感じます。そしてそのエネルギーの一部をもっと住環境に使えたらと思うのです。
12月3日 大久保
『日本人から見たイギリス文化−住居編−』
 イギリス人から、日本の家ではいくつのベッドルームがあるのかと聞かれました。ベッドルーム…(汗)子供部屋も入れたら3つかなぁ…などとしどろもどろで答えます。私の滞在した地域では一戸建、集合住宅などでもちろん違いはありますが、総じて日本より住環境は豊かでした。大きな一戸建になると家族用と客用のリビングルーム、ダイニングルームがあり、バスルームも主寝室とゲストルームに備わっています。
 日本では居住地域の土地の値段が高いし、古い家はすぐ建て替えてしまうので住居コストが高くつきます。単純に諸外国の住居環境を羨んでみても仕方がないのですが、イギリスでは、自分の家でくつろぐための快適なスペース作りを大切にしている人が多いような気がします。
 また日本では建物全体を暖房する中央暖房は個人の家ではほとんどありません。資源の少ない日本で普及するのは難しいのですが、四季を感じながら暮らしてきた日本では、夏は暑いもの、冬は寒いもので、ある程度の我慢は当たり前という考え方があり、住環境を見直そう、もっと快適に暮らそうという発想が足りないようにも思えます。しかしながら清潔志向第一の日本のウォシュレットの普及率はかなりのもの。イギリスでもアメリカでもウォシュレットのある家庭にはお目にかかれませんでした。結局はどの部分にこだわりを持って生活をしているかということなのでしょうか。
11月26日 神保
『地域マネジメントの源泉は熱いか?』
 先週、湯の山温泉で営業しているホテルが12月20日から休館すると発表した。数年前からの売上高減少による赤字体質が続いていたことと、今秋連続して東海地方を襲った台風の被害により営業面で影響が出たことが原因で休館を決めたらしい。
 昨年度の御在所・湯の山地域の調査において、地域全体がイメージづくりをめざして一丸となるべく推進体制の強化などを提案したばかりであり、とても残念に感じている。
 同じ温泉街にある宿泊施設でも、地元のオーナーによる旅館経営と企業によりチェーン展開などをしているホテルとでは、温泉地に対するスタンスや意識の違いがあるのかもしれない。それは、自らが事業主である人と雇われて施設経営に携わっている人の違いや、地元の出身者とそうでない人の差でもあるかもしれない。そしてその地で生計をたてて生活していく人と、一時期を過ごす人とでは、考え方に温度差が生じるのもしかたないことである。個々の宿泊施設の経営に関しては、それぞれにさまざまな事情や制約がある。そして、お互いは競争相手でもある。このような障害を乗り越えて、お互いに切磋琢磨しつつ地域全体が活性化し、たくさんの来訪客でにぎわうことを期待する。
11月19日 東川
『前回のコラムが現実となった今。』
 私の前回(10月8日)の当コラム『犠牲者を出さないと変わらないのか?』で「その後今日に至るまで、幸い大地震は起きていないが…」と書いたまさに矢先の中越地震である。前回、「尊い犠牲を将来への警告としなければならない。」と締めくくったが、今となってはその言葉も一層重いものとなった。
 今回、明らかとなったのは、今さらながら我々は基本的に地震国に住んでいるという点だ。というのも、大地震が予想される地域以外の、むしろ地震の空白地域においても、いつ大きな地震が生じても不思議はないということである。
 昨今、予想される大地震に気をとられていた我々だが、地震に対する基本的な備えは全国どこにおいても必要であることを思い知らされた。考えてみれば当然である。まことに大自然は我々の手薄な点を狙いすまして痛打を与えるものである。しかし我々には学ぶ力がある。同じ犠牲は出さない決意をしたい。          
11月12日 小林
『定義もいろいろ?』
 言葉の中には、本来とは異なる意味で使われ、定着してしまうものがある。例えば、オンブズマン。元来は、北欧諸国で発展した行政救済制度であり、行政に対する市民からの苦情を受け、公正中立な立場から調査を行って、必要であれば改善・是正などの勧告をする権限を持つ公職である。日本でも、川崎市や沖縄県など、幾つかの自治体で設けられている。
 だが、情報公開制度などを活用して行政の無駄遣いなどを明らかにしていこうとする住民運動がオンブズマンを名乗るようになると、日本では一般に、そうした住民運動を指す言葉と受け取られるようになってしまった。本来の公職としての意味で使う際には、かえって説明が必要なくらいである。
 同様に、小選挙区という言葉も、元来は定数1の選挙区を指す語であるのに、合併市町村において旧市町村ごとに設ける選挙区のことを、定数が複数であっても小選挙区と呼ぶ識者がいるなど、誤用が目立つ。
 このような定義の混乱は、当然、議論を噛み合わなくさせる。曖昧な定義の上に成り立った曖昧な合意は、かえって後日の混乱のもとになる。言論の場である議場や学会での発言・マスコミ報道などでは、こうした言葉の誤用や定義の曖昧さに基づく混乱を避けるよう、細心の注意が払われるべきだ。ましてや、定義の曖昧さを逆手に取って言葉を弄ぶかのような指導者の振る舞いは、決して許されるものではないだろう。
11月5日 小谷
『東北楽天ゴールデンイーグルス誕生』
 スポーツ観戦の中で一番何に関心があるかといえばプロ野球だが、最近はアメリカ大リーグへのスター選手の流出や、ドラフト制度等の問題でその関心も衰え始めていた。
 しかし今年は、オリンピックの長嶋ジャパンで幕を開け、6月にはオリックスと大阪近鉄の両球団の合併構想問題が生じ、IT関連企業のライブドアと楽天が新球団設立を申し出て、11月2日のオーナー会議で50年ぶりとなる楽天による新球団の誕生が決定し、再び関心を寄せている。
 これから楽天イーグルスにとって、選手の確保や球場改修等々多忙になると思われるが、1プロ野球ファンとして、選手の確保にあたっては莫大な金額をかけない、地域一体型の球団になって貰いたいと願う。そしてさらに言えば是非選手の確保は、東北地区出身の選手を中心にして、市民に愛される球団を目指して欲しい。仙台市を本拠地とする楽天イーグルスの誕生で、宮城県を中心とする東北地区は益々の活性化が期待できるだろう。
10月29日 土屋
『知恵を備えに』
  6日前に起きた新潟中越地震の余震が続く今、崩れおちる山肌、流される民家や陥没した道路、孤立した集落を見るにつけ、自然災害に遭ったときの地域のあり方を考えさせられる。もちろん設備面での備えを万全にしたとしても予想を超える事態、偶然が重なる悲劇は避けられない。地域に必要なのは非常時のネットワーク、精神面のケア体制、既存施設の有効な活用だろう。
 休館していたアムスクエアの一部が来月20日リニューアルオープンされる。その工事にあたっては、既存の商業施設の一部を映画館にと大規模な構造変更を伴うため、動線計画や緊急時を想定した避難面を配慮し、耐震性でも安全を確保しているとのこと。
  合併による新しいまちづくりでは都市基盤の整備や防災体制の強化など、安全で安心なまちづくりにも重点がおかれるという。中心市街地が単なる消費の場としての役割だけでなく、災害時における知恵の備蓄庫の役割を果たすことを期待したい。
10月22日 大久保
『日本人から見たイギリス文化−タクシーと横断歩道−』

 ロンドンのタクシーは5人乗り。座席は進行方向に3席と向かい合わせにエキストラシートが2席。運転手を含めると6人乗りキャブ。日本のように自動ドアではないので到着後は自分でドアを開けなければなりません。支払いは外に出てから窓越しに行います。乗り逃げできてしまいそう…と思いますが、車内での現金のやり取りは防犯上好ましくないので避けているそうです。それからロンドンのタクシー運転手は皆愛想が良くてとても親切。スーツケースなどの重い荷物も地下鉄の乗り場付近まで運んでくれます。そこでチップの額が気になりますが、荷物を運び終えるまでタクシーのメーターは回ったまま。降りるときに確認した金額を確実に上回って請求されるのです。どこまでが料金内でどこからがサービスなのかが今ひとつ曖昧なので、ついチップも曖昧にしてしまいました。
 またロンドンではタクシーもバスもガタガタとよく揺れます。運転が荒いからなのか道路の整備や車の造作が日本より悪いせいなのか…両方なのかもしれません。また歩行者は赤信号でも車が来なければ平気で横断しています。規律を守らないのか、考え方に柔軟性があるのか…車が来なくても赤信号の前できちんと待っている日本人は英国人の目にどのように映るのでしょうか。

10月22日 大久保
『日本人から見たイギリス文化−地下鉄−』

 ロンドンの地下鉄はTubeという名の通りトンネルと車両が円筒型をしています。地下鉄に乗った時は、扉付近にじっとしていてはいけません。なぜなら天井から扉にかけて円を描く形になっている、ということは背が高い人は頭を天井に打ち付けてしまうからです。車内が混雑していて奥に進めない時は頭上で扉が閉まる感じがするのでひやっとします。
 また発着時間にはとても大らかです。日本の場合は容赦なく扉が閉まってしまうので、重いスーツケースをどうやって扉に挟まらずに運び入れようか乗る前から思案していましたが、そんな心配は無用。荷物を運び入れて落ち着いた場所に移動するまで駅員が見届けてから発車してくれます。ただ長年現地に住んでいる人によると、地下鉄は定時に到着しなかったり、また目的地まで行かず行き先が急に変更になったりすることも度々あるという話。そうなると日本の情け容赦ない定時発着の地下鉄に軍配が上がります。

10月15日 神保
『遠くない明日・・・』

 先日、鈴鹿山麓研究学園都市内のICETT(アイセット:(財)国際環境技術移転研究センター)で行われた三重県燃料電池実証試験オープニングセレモニーに参加した。
 設備見学と共に燃料電池自動車の試乗会も開催された。現在、燃料電池自動車は今のところリース方式で市販されてはいるが、月80万円〜120万円と高額である。もし販売されるとなると1億円を上回るらしく、この機会を逃すと一生乗れないかもしれないと思い、順番を待ち乗せてもらった。外見は、一般の車とまったく同じであるが、モーターが動力でありとても静かな印象を受けた。燃料電池自動車にはこの他にも◆有害な排出ガスがゼロ、または少ない◆エネルギー効率が高い◆多様な燃料・エネルギーが利用可能◆充電が不要というメリットがある。
 2002年2月には、国会における施政方針演説において小泉総理が3年以内の実用化を目指すと宣言したが、本格的な普及拡大は2010年頃とみられている。
 
三重を拠点に燃料電池が少しでも早く一般に普及し、近い将来、家庭でも燃料電池車が購入できる時代がきたときに、必ずこの日を思い出すだろう。間違いない。

10月8日 東川
『犠牲者を出さないと変わらないのか?』

 2003年3月の当コラム『巨大地震による被害想定への疑問』で、被災者のほとんどが高齢者になる日も近いのではと述べた。その後今日に至るまで、幸い大地震は起きていないが、今年来襲した数多くの台風による水害、また先般の紀伊半島沖地震では、まさに被災者のほとんどが高齢者で占められてしまった。
 先のコラムで指摘したとおり、地震発生時期による高齢化の進展を被害想定に見込むべきという点に変わりはないが、それに加えて、より短期的には以下の検討が必要だろう。つまり、今回被害にあった高齢者の方々は、地域の防災ネットワークがしっかり組まれていれば助かったはずなのか、それともそもそも災害時に高齢者を助けるマンパワーやそれを支援する機器類等が足りないのか、ということである。そのどちらかによって今後、とるべき対応は全く異なってくるだろう。尊い犠牲を将来への警告としなければならない。

10月1日 小林
『新たなスタート』
 今日10月1日、全国では、23の地域で市町村合併が行われた。三重県でも、志摩郡の5町が合併し、志摩市が誕生している。23という合併件数は、昨年1年間の合併件数を上回り、1日の合併件数としては、いわゆる平成の大合併が始まって以降、最多だ。
 これまで合併推進の仕掛けともなってきた「市町村の合併の特例に関する法律」では、今年度末までに合併の議決をした市町村しか特例措置を受けられないため、平成の大合併もいよいよ終盤といった様相を呈している。これから年度末に向け、各地で合併の議決が相次ぐことが予想される。その一方で、新しい市町村の名称や庁舎の位置などの、およそ合併の本質とは思えない問題で、合併協議がこじれ破綻する例も目立ってきた。
 市町村合併はゴールではない。将来に向けた地域づくりのための体制整備こそが、目的のはずである。その意味で合併とは、新たなスタートである。合併するにせよしないにせよ、将来に向けた本質的な議論に拠って決定をして欲しいと思う。そして、今日、新たなスタートラインに立った23の市町には、新しい体制を活かして、将来に悔いを残さないような地域づくりを、進めていって欲しいものである。