2003.10〜2004.3
3月26日 大久保
『相手の望んでいること』
 先日18歳の私の娘が携帯電話を買い換えた。今までは父親が名義人だったが、高校も卒業したので自分名義で新規契約をした。契約の際には若い女性店員が応対してくれたのだが、各手続きが終わり番号やアドレスを移し変えてもらい、書類に印鑑を押す段になってよく見ると、以前使用していた電話プラスもう一台の契約という内容になっている。
 店員に確認すると「新規契約ということでしたので」と言う。言葉のままとれば確かにそうであり、また娘の購入した機種は従来のものとは電波の種類が違い、電波の届きにくいエリアもあり予備として2台保有することもたまにあるということである。それにしても学生の身分で自分用の携帯電話を2台持つということにその店員は疑問を持たなかったのか。ひとこと一台分の解約の意向を聞いてくれてもよかったのではないだろうか。
 また、娘がP社製とN社製の機能の違いを聞こうと「どこが違うのですか?」と聞いたところ「PとNとでは会社が違います」と答えたのには驚いた。こちらの言い方も悪かったのかもしれないが、客が何を聞きたがっているのか想像してほしい。
 仕事をしていく上では専門的な知識も必要であろうが、どんな業種でもまず物事を常識で判断し、想像力を働かせて相手と接することが大事なのではないかと思った一日であった。
3月19日 岩谷
『日本一の名旅館で出されるお茶はどこ産?』
  先日のホワイトデーに所員一同で職場の同僚へのお返しとして「日本一」の誉れ高い京都の超有名老舗旅館で使われている石鹸(その旅館とメーカーとが苦心の末に作り出した逸品で、その経緯については村松友視氏の著書でも紹介されている)を贈ったところ大変喜んでもらえた。この石鹸は、その旅館が経営するギャラリーで購入したものなのだが、そこでは旅館の中で実際に使われている器や小物など、主人の審美眼に叶った機能的かつデザイン性に富んだ品々が扱われており、宿泊客でなくとも買い求めることができる。
  白洲正子氏との交流でも知られる伊賀の陶芸家が主宰する窯元製の土鍋など、三重県で産み出されているものもいくつか並べられているが、その中の一つに四日市・水沢産のかぶせ茶を見出すことができる。宇治茶でもなく、静岡茶でもなく、四日市産のお茶が、日本一とも評される名旅館で宿泊客に供されている事実は、私に訳もなく誇らしい気分を抱かせてくれた。         
3月12日 東川
『頭数だけ多くても…。』
 少子・高齢化を語る際、しばしば語られるのが、働き手と働かない人との比率である。いわゆる「働き手何人で、1人の高齢者の面倒をみる…」というものだ。
 そこで、バブルがはじけた1990年以降における働き手(15〜64歳)の割合をみると、1990年に69.5%、1995年に69.4、2000年に68.1となるが、これらの値は高度経済成長開始期である1960年の64.2よりも高く、経済成長真っ最中の1965年の68.1、1970年の69.0とほぼ同水準であり、石油ショック後、低成長に入った1975年の67.8、1980年の67.4より高く、バブル期の1985年の68.2は2000年と同水準である。つまり、「働き手の割合=経済成長、経済水準の度合い」というわけではない。このように考えると、2020年に見込まれている働き手の割合60.0%という値は、その値だけでは、さほど深刻な状態を意味しないと考えるべきだろう。要は労働生産性とそれを支える教育の問題である。
3月5日 神保
『四日市駅西リニューアル』
 四日市駅西周辺をとおるたびに「ここは、どうなるのかな」といつも感じていたことがある。松坂屋などが撤退して以来、大きな建物だけが活用されずに残っているアムスクエア跡地についてである。しかし、先日これを所有する企業が営業再開発計画を発表した。
 今回のアムスクエアリニューアルは、オープン当初は四日市駅前の活性化の起爆剤となることは間違いないと感じている。これを契機として新しい商業施設と既存の商業施設が競争しながらも、互いに協力・補完することで相乗効果を発揮して、駅前全体が以前のように人が集まり活気のある明るい姿を取り戻すことを期待している。
 そして、民間の活力だけでなく四日市市の行政の双方が、商業施設や映画館などの民間の空間と博物館や市民公園などの公共空間が融合した、さらなる魅力あるまちづくりをめざして協力していくことが、本来の四日市市の中心市街地の活性化につながっていくものと考えている。
2月27日 東川
『大人と子供』
 『大人の…』というネーミングの雑誌や商品が急速に販売を伸ばしている。今まで中高年や高齢者を対象として企画された商品は、それをダイレクトにうたっては失敗してきた。また、中高年をあらわす言葉も「シルバー」、「熟年」、「エルダー」、「プラチナ」など創意工夫の連続である。その中で「大人」という語が共感を得て来ているのは興味深い。というのも、「大人」の対義語は「子供」であるからだ。中高年の者は、自分が、「子供」である若い世代ではなく、「大人」の世代なのだと考えれば、抵抗なくそれを受け入れられる。
 またうがって考えれば、今の世の中には「大人」と「子供」の2つの世代しかいないということにもなる。そして「大人」が中年以上ということになれば、それまでは延々「子供」であり、ここにきて昨今の「成人式」の狂態もしごく自然に理解されよう。
2月20日 小林
『地域の魅力』
  河北新報の記事によると、山形県庁が昨年8〜9月に実施した県民意識調査で、県民の約2割が、「どのような都市に住みたいと思うか」との問に対して仙台市と答えたそうである。同じ記事によれば、この結果に対し県庁職員は戸惑いも見せているとのことであるが、その思いももっともなことだと、同情したくもなる。
  だが、他人事として傍から同情している余裕は、実は三重県にも無いような気がする。三重県内で同じような内容の調査をすれば、山形県同様に、北勢地域の人達は名古屋に、伊賀地域の人達は大阪に住みたいと答えるかも知れない。
  件の記事によれば、山形県庁の総合政策室は「交通の便が良くなり、仙台の都市の魅力を多くの県民が知るようになった」と分析しているようである。都市の魅力とは何か。高い利便性や多様な商品・情報・文化、匿名性の確保などが考えられるよう。
  行政サービスの質の高さや住民負担率の低さなどでは太刀打ちできない、このような都市の魅力に、どう対抗して地域に人を呼び込み、つなぎ止めるのか。地域の魅力を高めるためには、これまでの行政のあり方に固執し過ぎることなく、逆に都市の人たちの意見を聞くなど、独り善がりに陥らない柔軟な思考に基づく施策が求められる。
<参考>http://www.kahoku.co.jp/news/2004/02/20040210t71030.htm
2月13日 土屋
『今は私の街』
 今月号の"VERY"という雑誌に4ページにわたり四日市の紹介記事が掲載されていると教えてもらった。この雑誌は光文社から出ているもので、妹誌にあたる"JJ"が有名だが、この"VERY"もミセス誌の中では1位の36万部を発行している。(各誌発行部数リストから
 冒頭には「県下一の商工業都市でありながら、自然に囲まれたのどかな街です」と紹介されている。実際、四日市は市民一人あたりの都市公園等の面積を見ても平成12年の現況で14.6uと緑豊かな街である。
 ナビゲーターを務めた方は東京から結婚を機に移り住んだそうだ。これからの子育てなども含めた生活を四日市で快適に送れることによって、コーナーのタイトルにもなっている『今は私の街』という思いをずっと持ち続けていて欲しい。
 参照:四日市広域緑の基本計画 
    国土交通省(都道府県別一人あたり都市公園面積現況)
2月6日 大久保
『チャンスと挫折と』
  2月2日に本学を会場として暁高校の入学試験が行われた。試験終了後にほっとした笑顔で帰っていく坊主頭やセーラー服の中学生たち。近頃では公立高校のすべり止めとして2校から3校の私立高校を受験するのが一般的である。一つの高校の中でもコース別がありより選択肢が多くなっている。
  私大入試も前期・後期、T期・U期、A・B・C日程などに分かれ、自己推薦、一般公募推薦なども含めると一つの大学を何度も受けるチャンスがある。また他校との併願もより可能になり幅広い選択肢を得ることができる。
  近頃の受験生は多岐にわたる選択肢の中からより自分に合った学校を見つけ出していくのだろう。受験が小分けされることにより募集人数も小分けされ、受験回数が多くなるほど不合格通知を受け取る回数も多くなる。高く上昇した倍率を見ると結果を喜ぶ受験生がほんの一握りであることが分かる。
  合格でも不合格でも時は経ちやがて春がやってくる。さまざまな思いをしながら冬を乗り越えてきた受験生たち。それぞれの思いを胸に秘め、爽やかな笑顔で入学式を迎えられることを願っている。受験生の皆さんご苦労さま。本学でも2ヵ月後に皆さんにお会いできるのを楽しみに待っています。 
1月27日 岩谷
『「一日市民大学」開催!』
  四日市市内在住の方と話していて「ところで四日市大学ってどこにあるの?」と尋ねられたことが一度ならずある。開学以来15年の歳月を経ても、いまだ地域の大学として認知されていないことを痛感させられる瞬間だ。地域住民の方々に四日市大学の存在をアピールし、興味・関心を抱いてもらえるような活動が不十分だったからだろう。
  そこで、広く市民のみなさんに大学を知っていただく機会として、2月7日(土) に「一日市民大学」を開催することになった。本学教員による模擬講義のほか、井上哲夫四日市市長との「四日市市の環境問題を考える」をテーマにしたディスカッションも予定している。
  参加費はもちろん無料なので、一人でも多くの方に四日市大学を体感・体験していただければ、と思っている。
※「一日市民大学」の詳細については、ttp://www.yokkaichi-u.ac.jp/news/39.htmlをご覧ください。
※終了致しました。多数のご参加誠にありがとうございました。
1月23日 神保
『One for All, All for One』
  例年のように年末年始にかけて、ラグビー観戦を楽しんだ。かといってラグビーについて特に詳しいわけではない。ラグビーにはそのスピリットを表す「One for All, All for One」という言葉がある。「ひとりのプレーはチームのために、チームはひとりのために」という意味である。ひとつのトライをえるためにはチームの結束がかかせない、しかしその結束は各プレイヤーの犠牲的精神がもとになり与えられたポジションの役割をこなしていくことによりつくり上げられている。複雑なルールはさておき、懸命に一つのボールを争奪するプレイヤー達を見ることで、そのスピリットを感じられることが好きなだけである。
  地域のさまざまな活性化策について考えるたびに、その地域にかかわっている人達全員が「One for All, All for One」のような気持ちをもてるような策を検討していきたいものである。
1月16日 東川
『「高齢者75歳からのまち」宣言のすすめ』
  自治体の方に会うたびにすすめていることがある。それは『高齢者75歳からのまち』宣言である。現在、高齢者は65歳からとされているが、これは極端に言えば人生50年のころからの慣例だ。今や人生80年時代。65歳から高齢者ではいかにも早すぎる。
  実際、65歳から74歳のいわゆる前期高齢者の要介護率 (介護保険認定率)はどの程度かご存知だろうか。65歳から69歳で100人中2人、70歳から74歳で100人中5人である。つまり、60歳代後半では100人中98人は「元気」であり、70歳代前半でも100人中95人は「元気」ということだ。
  元気な方には何らかの社会的役割を果たしていただく、これは別に就業のみならず、市民事業、NPO、ボランティア、お孫さんの世話でもよい。
  ちなみに団塊の世代が全員、65歳以上に突入する2015年、現在の基準では25.9%の高齢化率が見込まれているが、75歳以上の『新高齢化率』では12.5%である。これは今から約15年前の1990年当時の高齢化率に等しい。地域活性化、日本の未来のカギはここにある。 
1月6日 小林
『目指す姿は…?』
  あけましておめでとうございます。新しい年、皆様、どのようにお迎えでしょうか。弊研究所の今年の仕事は、普段の朝と変わらず、新聞に目を通すことから始まりました。業務に関係ありそうな記事を、スクラップして保存するためです。
  年末年始の新聞5紙を一読していて目についたのが、いわゆる小泉改革に対する批判的な論調です。三位一体改革、年金改革、道路公団改革…。改革そのものへの反対というよりは、その目指す姿がはっきりしないことへの批判が多かったようです。
  何か政策が実行されようとする時、それによって既得権益を失う恐れがある人々からは激しい抵抗があるのに対して、逆に利益を得る可能性がある人々からは、その結果がまだ明らかではないために積極的な賛意が示されない、ということがしばしば見られます。そこで、政策の実行に支持を得るためには、その政策によって何をどう変えるのか、目指す姿を明らかにすることが、不可欠となってきます。
  弊研究所も、毎年多くの政策づくりに関わっています。その際には、その政策が何をどう変え、どのような課題を解決するものであるのか、その因果関係をはっきり示して行かなければと、年頭にあたり改めて考えた次第です。本年もどうぞ、宜しくお願いします。
12月26日 土屋
『年忘れ』
 2003年は皆様にとってどのような年でしたか?恒例の清水寺で行われる"今年の一文字"の発表には「虎」が挙げられていました。文字どおり阪神優勝を真っ先に思い浮かべる方、同じ野球でも松井選手の大リーグでの活躍を思う方もいるでしょう。一方、アジアで猛威をふるったSARSの流行や、外交官テロ事件、自衛隊のイラク派遣など、心に残るというより心を痛めた事件や事故を思い起こす方、様々だと思います。
 忘却が頼もしい味方となってくれるときもありますが、反面、忘れてはいけないことも数多くあります。ましてや、私のように忘年会をたびたびしていると、周囲の人から「何をそんなに忘れたいことがあるんだ」とつっこまれかねません。日本人は忘れてはならないことをも忘れてしまったのではと思う今日この頃、心に刻むべきこと、肝に銘じておかなければいけないことを(とかくそういうことは難しかったり、目をそらしておきたいことも少なくないので)年の最後に今一度考えるのもよいでしょう。そして忘れてはいけない挨拶として…今年最後のコラムとなりました。お世話になった方々に心より御礼を申し上げます。そして来年もご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願い致します。
12月19日 大久保
『年賀状考』
  年賀状を投函する時期になった。今週末に慌てて書く人も多いことだろう。明治時代初期の頃には年賀状は元旦や二日の書き初めの日に書くものだったそうだ。新年を迎えてその年の抱負や前年の感謝の意を書き記していたのだろう。それが明治32年から年賀状を年内の一定期間に出せば1月1日の消印で元旦以降に配達する年賀郵便特別取扱いが開始されて現在に至っている。
  近年は家庭用プリンタの性能が良くなりデジタルカメラの普及も伴って家庭内で綺麗にプリントすることができるようになり、ハガキの裏表とも印刷ですます人も多い。知人一人一人に宛てて"書く"というより大量に"作成する"作業に移行しつつある。
  また年賀状には相手方との人間関係の僅かな葛藤がある。毎年出そうか出すまいか悩んでしまう人が数人いる。きっと相手方も同じことを考えているのだろう。新年早々に返事を出すのも煩わしいので余分に印刷しておこうといったところかもしれない。
  ほんの少し人を傷つけ傷つけられる年賀状。この先いつまでこの習慣は続くのだろう。
12月12日 東川
『無粋を承知で物申す。』

  先日、北海道警が、過去3年間に管内で起きた死亡事故の特徴を、事故を起こしたドライバーの星占いの星座別に発表したそうである。まったくふざけた話だ。
  無粋を承知で言えば、これは税金のむだである。それどころか、そもそも死亡事故に対する認識がなっていない。たとえば死亡事故の被害者やその家族がこの発表をみて、「北海道警、がんばってるな。」と思うのか。 北海道警がやるべきことは、科学的な事故の分析であり、その面で全国のモデルになるべきだろう。
  その記事によると北海道は11年連続で交通事故の死者が全国最多とのことである。このようなことをやっていては、それも仕方がないことと思われる。

12月5日 岩谷
『出雲へ!』
  来る12月7日(日)、知多半島を一周する7区間64.5kmを舞台に第65回東海学生駅伝競走大会が行われる。この大会の優勝校には、大学三大駅伝の一つである出雲全日本大学選抜駅伝競走への出場権が与えられることになっている。
  本学は、全日本大学駅伝対校選手権大会(熱田神宮〜伊勢神宮)に5年連続で出場しており、この東海学生駅伝競走大会においてもここ数年間は優勝候補の筆頭に挙げられてきた。しかし、結果的には一昨年が4位、昨年も2位にとどまっており、いまだ優勝の経験はない。したがって、出雲全日本大学選抜駅伝競走への出場も果たせていない。
  今年の総決算ともいえるこの大会で是非とも東海学生1の栄冠を勝ち取り、来年の秋には東海地区代表として元気に出雲路を駆け抜けてもらいたいと願っている。
  ちなみに、大学三大駅伝のうち東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)に出場できるのは、関東学生陸上競技連盟に加盟する大学だけである。残念!

追記:惜しくも2位でした。応援いただいた皆様には御礼を申し上げます。
11月29日 小林
『いなべ市誕生と合併後のまちづくり』
  12月1日、三重県内で14番目の市「いなべ市」が誕生する。員弁郡の北勢町、員弁町、大安町、藤原町の4町の合併により誕生する市で、県内での市の誕生は1970年8月の一志郡久居町の市制施行以来、市町村合併は1973年2月の安芸郡豊里村の津市への編入合併以来となる。いわゆる「平成の大合併」としては県内第1号だ。
  しばしば合併は、それ自体が目的であるかのように錯覚されやすい。だが本来、合併は手段のはずだ。員弁郡の4町も、将来の永続的な発展のために、合併して効率的に総合的なまちづくりを推進していくとしている(新市建設計画)。自然環境の活用・保全や若者の定住促進など、課題は多い。合併はゴールではなく将来に向けたスタートに過ぎない。
  12月21日には、初代いなべ市長選が行われる見通しだ。どのようなリーダーの下で将来に向けた歩みを始めるのか。後に続く他の合併市町村の模範となるようなまちづくりへの取り組みに期待したい。              

参照:員弁地区町合併協議会HP http://www.inabe-g.com/
11月28日 東川
『「視聴率不正操作』問題における論点のずれ』
  民放テレビ局による視聴率の不正操作が明るみにでた。当然、関係者は処分されたが、と同時に今回も「視聴率至上主義」の是正の必要性が指摘されている。
  しかし、あえて言う。視聴率自体に何か問題があるのか。視聴率は重要な評価の手段だ。あくまで、それを不正に操作することが問題なのだ。本質的に、民放テレビ局の製作する番組は、スポンサーの宣伝のための番組である。どれだけその宣伝がみられているか、これを示すのが視聴率である。製作者が視聴率の向上を巡ってしのぎを削る。これは当然だろう。
  視聴率を操作することは論外だが、それと同時に、製作者が視聴率に振り回されるあまりに、番組が低俗化するという指摘が今回も含めてしばしばされる。それを言うならば、そのような低俗な番組をみる人々が悪いのだ。選挙における候補者の資質と同様、最終的に番組の内容を決めているのは、あくまで我々視聴者である。
11月25日 神保
『クリントン前米大統領』
  前米大統領の話が聴ける機会を得ることができ、とても期待しつつ会場へ足を運んだ。さすがに世界の重鎮だけあって、警備体制は非常に厳重であり会場の中に入るまでにいくつものチェックが行われたこともあり、その雰囲気が私の期待をより一層高めた。
  このような機会はめったにないと思い、わたしにとっては少しわかり辛かったが【同時通訳】に一所懸命に耳を傾けて講演を聴いた。その内容は、講演翌日の各社新聞紙上にあるように「世界平和」を中心とした内容であったことは十分に理解できたが、まるでニュースの一場面を見ているような感覚を覚えたことも確かであった。
  そこで、その講演から私は『いったい何をつかむことが出来たのだろう』と考えた。しかし、わかりきっていたことではあるが《前米大統領》という立場だった人物との世界観と、自分とでは随分と感覚の違いに愕然としただけではなかったか。自分自身がもっと広い視野を持っており、そして実際の言語で理解できたならば、もっと違った感想が持てただろうと思うと少し残念な気がしてならない。
11月21日 東川
『プロの誇りと矜持』
 新幹線の運転士が2年間にわたり、乗務中に最高1日数十通の写真・メールの送信をしていたそうである。これだけでなく、先日は高速バスでの飲酒運転、停留所を見過ごしての逆行…これらの運転士に弁解の余地はない。
 組織の「たるみ」に限らず、事故や犯罪など、いつのことからか、日本の社会は事実の方が我々の想像を超えるようになってしまった。
  いったいこの原因はどこにあるのか。思うに組織のひとりひとりがプロフェッショナルの誇りを持ち得ないような組織になっているのではないか。風通しの悪い組織では「プロの誇り」が「プロの驕り」になりがちである。組織全体の体制を見直す必要があることはもちろんだが、ひとりひとりがプロフェッショナルの誇りと矜持を取り戻してほしい。
11月14日 土屋
『まちを照らす』
  今日の朝刊の1面に名古屋駅前のタワーズライツが試験点灯という記事が載っていた。この季節になると夜の街はクリスマスのイルミネーションで華やかになる。一般家庭でもイルミネーションを競うかのような住宅地もあリ、四日市市内でも陽光台や悠彩の里は見事だ。余計なことだが電気代を心配したり、流星群がさかんにニュースになったころいわれた光害などという言葉も瞬間脳裏をかすめるが、あれこれ考える以前にイルミネーションは直接、心に高揚感をプレゼントしてくれる。
  闇と光、高低や緩急、ひところ言われたハレとケのようにそれぞれが際立つためには、お互いの存在があればこそである。
  都市基盤(ハード)とそこに暮らす住民の意識(ソフト)がそれぞれ個性あるものでありながら、乖離しないまちを。illume(照らす)ということばには「啓発する」という意味があるように、まちを照らす効果が人の心により深く波及することを願う。 
11月7日 大久保
『投票のたびに思うこと』
 9日は衆議院総選挙の投票日。連日TVや新聞で立候補者の声を流している。我が家の中学生の娘も多少選挙に興味を持ち、各政党の分野ごとの政策を聞いては率直な意見を言うことがある。それが割と公平な意見なのである。政策に対する損得勘定がない子供の方が偏らずに物事を見ることができるのであろうか。
 私は選挙毎に各政党の公約を聞くが、常に自分と自分を取り巻く環境にとって有益かどうかということを考えてしまう。年金改正や税徴収などである。「私は自動車を運転しないから高速道路料金の無料化は関係ない」と公言している人を笑えないのである。なるべく物事を平らに見て将来も見据えて政党や候補者を選んでいかなければならないと思う。
 だが世の中の流れも人の考え方も常に変化するものである。結局現在自分が考えていることが絶対だとして投票するしかない。そして選挙結果を見ては多数の人の思うところと自分のそれとが同じだったか多少違ったかを確認するのが常なのである。
10月31日 岩谷
『食いしんぼ日誌@』
 先日、岐阜県の八百津町へ栗きんとんを買いに出掛けた。栗きんとんと言えば、中津川や恵那が有名だが、八百津の町でも数軒の和菓子店が競い合うようにして売り出している。その内の一軒は、有名店のものと比べても味が良い上に必ず何個かおまけもしてくれるので、我が家では毎年その店のものを頂くことに決めている。栗と砂糖以外のものを含まないその味は、素朴だがしみじみと美味しい。
 また、八百津にはアミノ酸無添加のぽん酢を作る酢の醸造所もあり、それも買って帰ることにしている。スーパーに並んでいるぽん酢の表示を確かめてもらえばわかることだが、アミノ酸無添加のぽん酢を手に入れることは簡単なようで非常に難しい。そのすっきりとした味を一度体験してしまうと、もう他のぽん酢を口にする気は失せてしまう。
 ところで、「日本のシンドラー」と呼ばれる杉原千畝は、この八百津町の出身なのだそうだ。ホンモノを生み出す何かが、この町にはあるのかも知れない。
10月24日 東川
『防災の第一歩は非常持出の「安価」配布から。』
 今年は国内で5月、7月、9月に大規模な地震が発生した。また、東海・東南海・南海・首都圏の直下型の各地震はいつ発生してもおかしくない状況にあると言われている。
  とは言いつつも、「差し当たり明日は、今週は、今月は、今年はこないだろう」と防災対策を先延ばしにしている人が私を含めて多いのも事実である。
人間は何かきっかけがないと自分では備えを講じない。そこで提案したいのは、「非常持出セット」の安価での配布である。現在1万円程度する非常持出セットを例えば500円程度で配布する。無料でなく、通常の価格も示してお買い得感を刺激する点が重要である。無料で配られれば中身をみることもなく、死蔵されてしまうだろう。大量の需要があれば、価格も大幅に下がることが見込まれる。
  また、もしセットの中身を種類別に購入して詰め合わせた方が安くあがるということであれば、それを詰め合わせるボランティアグループが生まれてくるのもよい。
  市民の誰しもが自主的に防災セットを持っていることは、防災対策の基本的な第一歩だろう。この対策の費用対効果は高い。
10月20日 東川
『全員一致?』
  今朝も確認してきたが、四日市市内の、私がよく知るある賃貸マンションでは、正面玄関外側の柱に、公道に向けて今回の選挙の特定候補のポスターが貼られている。ちなみにこのマンション1階の一部分は、当マンションを建設した会社が本社事務所として使用しているが、そことの関係は不明だ。もし、その会社が貼りたいということなら、その事務所の部分に貼ればよい。共用部分に貼るのは筋違いだろう。それともこのマンションの居住者は全員、この候補の支持者なのだろうか。
  私は特にある候補者への支持を表明するものではないが、この賃貸マンションの管理会社の方々は、今一度小学校に通い、今の憲法で保障された思想・信条の自由について学ばれることを切に望む。
10月17日 小林
『名数とランキングと・・・』
  日本三景・四天王のように、ある数を決め代表的な物をその数だけ挙げたものを名数という。7月16日付の小欄で名数の話を書いたところ、早速、本HP管理者が名数辞典のコーナーを設けてくれた。三重県内を中心に本学周辺の地域に関する名数を挙げたものだ。
 この名数と良く似たものにランキングがある。挙げられているものの内訳が固定的な名数に対し、その時々の順位を示すランキングは変動的だ。人口、税収、販売額等々、様々なランキングが存在するが、関係者は少しでも高位に入ることを望みがちだ。
  だが、人口が多い自治体が住みやすい自治体かといえば必ずしもそうではないし、税収の多寡もさることながらその使い道の方がむしろ重要だ。経済の世界でも、シェア拡大に伴う顧客満足の低下といった面もあり、必ずしも高シェアが高収益を生む訳ではない。
  単に量を求めるのではなく、むしろ質的に高位に位置づけられることをこそ、行政も企業も(そして大学も?)追求すべきであろう。 
10月10日 土屋 
『私的まちづくり視察(鳥取・境港編)』
  「ゲゲゲの鬼太郎」で知られる漫画家水木しげるの出身地である境港市につくられた水木しげるロードを歩いた。最初は「妖怪」に抵抗感を表した人もいたそうだが、現在はブロンズ像、その数86体が境港駅から商店街へと続く道沿いに設置され、歩道には絵タイルが埋め込まれている。ちなみに街灯のランプシェードは目玉親父である。ロードの東端には今年3月8日に開館した水木しげる記念館があリ、小雨模様にもかかわらず通りを歩く人の数は多い。小さな店の多くはもう廃業寸前のような佇まいでありながら、楽しそうに歩く人々の目には、それさえもレトロな演出に映るのだろう。
  その事業も順調だったわけではなく、99年には観光客数が年間45〜50万人と横ばい状態になり、さらに記念館の建設は議会の否決を受けるなど(現在は開館、入館者も8月には10万人を突破)観光客増加の決め手を模索する時期もあったようだ。しかし設立当初から関わっていた元市役所職員が独立し、商店主らとともに会社を立ち上げ、イベント企画・販売戦略の中心として活動を始めた。精力的なイベント開催や、「妖怪神社」の企画、公式ホームページの開設で2002年度の観光客数は、市全体の動員数が減少する中、61万人と記録を更新中だ。今後の課題は鬼太郎をTVで見ていない世代をどうよび込むかにかかっているのだろう。

《参考》
http://www.mizukiroad.com/ 公式ホームページ「水木ロード◎コム」
http://www.sakaiminato.net/ 境港市観光協会
10月2日 小林 
『寒い夏 暑い秋』
  昨日、気象庁から9月の各地の天候のデータが発表された。そこで、この気象庁発表のデータを踏まえて、この夏から秋にかけての四日市の天気を振り返ってみたい。
  発表によると、9月の四日市の日照時間は195.6時間。平年よりも38%も多く、観測史上最多だそうである。これを反映して、月平均気温も23.9℃と、平年を1℃上回った。
  一方7月の日照時間はわずか98.9時間。平年の60%に過ぎず、観測史上3番目の少なさだ。月平均気温も22.9℃と、平年を2.4℃も下回り9月よりも低かった。8月も、8月の月間降水量としては観測史上第2位を記録するなど晴天に恵まれず、6〜8月の3か月間の平均気温は、観測史上3番目の低さであった。
  今年は夏が寒く9月が暑かったという実感を、多くの方が持っていようが、それがデータ上でも実証された。なお、詳しいデータは、気象庁の報道発表資料を参照されたい。
     参照:気象庁報道資料 http://jma.go.jp/JMA_HP/jma/press/tenko.html